オータムフェスティバルin足尾 2008
2008年10月26日(日)
足尾銅山観光駐車場
主催 足尾町商工会青年部が終了しました。
今回の企画は地域の子供たちを巻き込んだ「フリスビー飛ばし大会」や、「紙飛行機飛ばし大会」が行われ、入賞者3名にはうれしい景品が送られました。
金(1位):かじか荘ペア宿泊券
銀(2位):鹿肉燻製
銅(3位):銅メダル・表彰状・かじか荘ペア入浴券
オータムフェスティバルin足尾 2008
2008年10月26日(日)
足尾銅山観光駐車場
主催 足尾町商工会青年部が終了しました。
今回の企画は地域の子供たちを巻き込んだ「フリスビー飛ばし大会」や、「紙飛行機飛ばし大会」が行われ、入賞者3名にはうれしい景品が送られました。
金(1位):かじか荘ペア宿泊券
銀(2位):鹿肉燻製
銅(3位):銅メダル・表彰状・かじか荘ペア入浴券
「初めての足尾散策」コース 日帰りマイカープラン
足尾精錬所 → 龍蔵寺 → 古河橋 →
(9:00~9:30) (9:35~9:50) (10:00~10:20)
間藤水力発電所跡 → 足尾歴史館 → 昼食 →
(10:30~10:50) (11:00~12:00) (お勧めレストランご紹介)
![tm_CIMG1964[1].jpg tm_CIMG1964[1].jpg](http://nikko-spot.com/blog/bw_uploads/tm_tm_CIMG1964[1].jpg)
大¥300 小¥200
12月~3月冬季休館
足尾銅山観光 → 小滝抗口跡 → 国民宿舎かじか荘
(13:30~14:30) (14:50~15:00) (15:20~16:00)
![kajika01[1].jpg kajika01[1].jpg](http://nikko-spot.com/blog/bw_uploads/tm_kajika01[1].jpg)
庚申の湯 日帰り入浴
大¥800 小¥500 大¥600 小¥300
車で★日光市内から国道119・122号で25km 約30分
★鬼怒川温泉から国道121号で15 km日光宇都宮有料道 (今市IC~
清滝IC11km)清滝IC~国道122号で20km 約65分
★桐生市内から国道122号で約45km 約60分
※道路の混雑状況で所要時間が延びます。あくまでも目安として参考にしてください。
紅葉シーズンの日光の通過時間が影響します。
~名湯庚申の湯につかり、癒しのひとときを~
足尾は、明治から大正、昭和そして平成へ、時の流れが見てとれる歴史の町です。標高630m~800mの地であり夏は涼しく緑が多く、首都圏の“オアシス”と言えます。足尾に一泊をして、庚申山の登山に、そして少し足を延ばして日光・鬼怒川方面に向かわれる行楽のステーションとしてもよいでしょう。
足尾町の宿泊施設一覧表
宿泊施設名 所在地 収容人数 電話
①国民宿舎「かじか荘」 足尾町銀山平5488 120名 93-3420
②亀村旅館 〃 赤沢15-26 40名 93-2109
③亀村別館 〃 銀山平5488 45名 93-2218
④御宿琴の家 〃 久良沢4251 50名 93-2855
⑤《町営》銀山平キャンプ場 〃銀山平5488 30名 93-4099
⑥《町営》庚申山荘 〃庚申山 40名 93-3417
※庚申の湯
銀山平地内キャンプ場入口付近に源泉を有し、国民宿舎かじか荘、亀村別館、御宿琴の家で利用できます。泉質は“アルカリ単純泉”で、肌もスベスベになることから、“美肌の湯”とも言われ、露天風呂も大変人気があります。
【銀山平キャンプ場】
「銅山観光」から南へ進み、切幹橋手前の国道122号線銅庚申アンダーを右折し、6kmほど行くと銀山平キャンプ場があります。庚申山登山のベースキャンプとして、また自然を満喫するには絶好の場所と言えます。

銀山平キャンプ場
明治18(1885)年に小滝抗が開かれてから、一つの集落として大いに栄えた「小滝」について御紹介しましょう。この小滝は、国道沿いの切幹から銀山平の国民宿舎「かじか荘」までの一帯をいいます。この小滝は銅山の衰退とともに、昭和29(1954)年に閉山となり、たちまちにして廃墟と化しました。今ではこの地に足を運ぶと当時の面影をしのぶことができます。抗口、社宅(畑尾、新長屋、広道路、爺ヶ沢、南夜半沢、北夜半沢、二号地、銀山平など)や病院、学校、浴場、製錬所、選鉱所、浄水場、運動場などの跡が残っていて当時の人々の生活が忍ばれます。
また、ここには戦時中に、朝鮮の人や中国の人が働いていた事を知ることができます。
この小滝に生を受けここで生活を送った人たちは、この地を離れた後、今でもこの小滝の中央部に「小滝の里」と刻まれた碑を建てて、定期的に集まってむかしを思い旧交をあたためています。

国民宿舎「かじか荘」外観

小滝の社宅跡

選鉱所跡

小滝の里碑
足尾町は、平成7(1995)年に「非核・平和町宣言」を行い、その中で「足尾町は、第2次世界大戦において400余名の犠牲者を出し、また国の施策により銅山の町として中国・朝鮮の人たちに悲しみをもたらした史実があります」と記述されています。
畑仕事の最中に日本軍に捕らえられ、足尾銅山に強制連行され、途中の船中で死亡者6人、足尾到着までの死亡者5人、終戦による中国へ送還されるまでの1年5ヶ月の間になくなった中国人は98名となります。
その多くが栄養失調などだといわれています。そのほか、坑内作業中の事故で亡くなった方は5名でした。このように、強制連行・強制労働の厳しい実態があります。
連行総数257名のうち、亡くなった方109名、足尾町小滝の収容所から坑内外の労働に従事する中での死亡率は42%を越えています。
昭和47(1972)年9月に日中国交回復の共同声明がなされた翌年7月30日に足尾町銀山平の国民宿舎かじか荘近くに「中国人殉難烈士慰霊塔」が建立されました。
数千年来の交流の歴史を持つ日中両国が「不再戦」の決意をかためて真の友好を保つためのシンボルとして存在しています。

中国殉難烈士慰霊塔

中国人が住んでいた興亜寮跡
市議会からこんにちは 銀山平キャンプ場(足尾)が表紙掲載10月25日発行 NO.6
紅葉がピークを迎えています。
銀山平キャンプ場(足尾)
銀山平キャンプ場は、足尾地域の西部に位置し、バンガロー、テントサイトや生産展示直売所などを備えたキャンプ場です。隣接する「国民宿舎かじか荘」では、日帰り入浴ができます。なお、紅葉のみごろは10月下旬から11月中旬です。(キャンプ場の営業期間は4月1日~11月30です。)
市議会からこんにちは表紙うより
国民宿舎 かじか荘のレストランメニューは、面白い!(食べたくなる)
銅山(やま)のレストランメニュー ~抗夫、その食文化の歴史とストーリー~ NO.5
銅山の勤務は24時間交代制でした。1番方(朝6:00出勤)、2番方(昼3:00出勤)、3番方(夜11:00出勤)この3番方の夕食は真夜中になる為、簡単に食べられるかっ込丼が喜ばれました。
この他に、銅山(やま)のライスカレー(鉱夫も食べた懐かしい味) ¥840(税込)や、一品料理・麺類もあるそうです。食べながら足尾を学べるレストランですね! 実際に食べて写真をUPしたいです。
国民宿舎 かじか荘のレストランメニューは、面白い!(食べたくなる)
銅山(やま)のレストランメニュー ~抗夫、その食文化の歴史とストーリー~ NO.4
銅山で大鉱脈が発見されると「大直利」だと工夫は喜びました。銅山はお酒と当時貴重な豚肉を振舞って鉱夫の苦労に報いました。鉱夫はそれをしょうが焼きにして食べたそうです。
国民宿舎かじか荘のレストランメニューは、面白い!(食べたくなる)
銅山(やま)のレストランメニュー ~抗夫、その食文化の歴史とストーリー~ NO.3
鉱夫の休日は朝から仲間と集まって山で獲ったキジや山鳥を焼いて、どんぶり飯にあんかけを豪快にぶっかけて食べる。その姿は、まるで山賊のようだったそうです。
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