坂口 祐(SAKAGUCHI TASUKU) 明治11年秋田県大湯で会津藩士中村富造の次男生まれた。 家が貧しく近くの銅山で働いていたが、18歳の時上京、職をもとめて歩いたが儘ならず、足尾銅山の坂田飯場で働いていたが、20歳で徴兵検査を受け日露戦争では弘前の騎兵隊の分隊長として従軍した。 帰還後、関東学院中等部に編入し明治42年第一高等学校(一高)に32歳で入学、東大に進み哲学科宗学を専攻、大正3年主席で卒業した、その時彼は37歳でした。 明治39年、足尾銅山の飯場の娘、坂田千恵子と結婚し姓を中村から坂田とする。
大学時代にクリスチャンとなった坂田は大正8年キリスト教を建学の精神とする関東学院を創設し昭和24年には新制関東学院大学を設立した。













