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庚申山碑(こうしんざんひ)

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

足尾市街、足尾バイパスから桐生方面、切幹(ぎりみき)を、小滝方面に右折するとすぐに庚申山碑があります。足尾最大の石碑で高さ4m10cm、幅1m70cmあります。
庚申講(こうしんこう)の江戸講中の人たち23人と、足尾宿の頭取、福田真右衛門の寄進によって、慶応元(1865)年に建立されたもので、書は松翁、石工は、日光町(旧日光市)の八十平の作です。
庚申講とは、江戸時代に盛んになった信仰「庚申待(こうしんまち)」のことで、足尾では、比較的銅山に縁の薄い、唐風呂(からふろ)地区や餅が瀬(もちがせ)地区で庚申講が残っています。

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足尾出身・足尾にゆかりのある人物 伝説・歴史

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足尾出身・足尾にゆかりのある人物 伝説・歴史

・日本武尊(ヤマトタケルノミコト) 110年 庚申山に登った。
『古事記』では「倭建命」と表記
日本武尊は、日本神話の中でももっとも武力に優れた英雄のひとりである。
出生は景行天皇の皇子という高貴な身分で、その体躯は幼い頃から雄々しい気迫にあふれていた。

・勝道上人(しょうどうしょうにん)  817年 庚申山に猿田彦神社を祭る。足尾を命名。
少年期から山林修行を行い、762年(天平宝字6年)下野薬師寺の如意僧都に師事して得度受戒した。765年(天平神護元年)には出流山満願寺(栃木市)を開創している。782年(延暦元年)日光山(ニコウ山=二荒山、ふたらさん、男体山)の開山を志し入山、四本龍寺(現輪王寺)を建てる。二荒山神社や輪王寺などにつながる日光山繁栄の源を作った。784年(延暦3年)には中禅寺湖中禅寺を開いた。

・伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう) 宝増寺を創建と伝えられている。
日本天台宗の開祖。(767~822)
伝教大師最澄は学問好きで諸学に優れ、比叡山延暦寺で一切経読破、天台智顗、大乗仏教に傾倒、更には密教、禅など巾広い文化を弟子や学生に伝えます。その中から浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、時宗の一遍、日蓮宗の日蓮、曹洞宗の道元、臨済宗の栄西などが生まれました。

・藤原秀郷 (ふじわらのひでさと )940年 平将門征討の折庚申山で武運を祈る。
佐野が生んだ偉人。平将門の乱を収め、弓馬騎兵の祖として伝説化された。
官位は従四位下、下野守兼武蔵守鎮守府将軍。室町時代に「俵藤太絵巻」が完成し、近江三上山の百足(むかで)退治の伝説で有名。もとは下野掾であったが、平将門追討の功により、従四位下に昇り下野、武蔵二ヶ国の国司と鎮守府将軍に叙せられ、勢力を拡大。源氏、平氏と並ぶ武門の棟梁として、多くの家系を輩出した。

・日蓮上人(にちれんしょうにん) 1265年 薬師堂に巡錫し一泊したと伝えられている。
鎌倉時代の仏教の僧。法華経系諸教派が宗祖とする。死後に皇室から日蓮大菩薩と立正大師の諡号を追贈されている。

治部・内蔵 (じふ・くら) 1610年 銅鉱を発見する。備前楯の名の起こり。
足尾郷の農民であった治部(じふ)と内蔵(くら)がこの山で露頭している銅鉱石を発見し、日光座禅院座主に報告しました。座主は2人の功績を記念して、この山を農民の生まれた国の名前をとって「備前楯」(びぜんたて)と名付けました。

・佐藤信淵(さとう のぶひろ) 1850年 父と足尾へ来る。
江戸時代後期の絶対主義的思想家であり、経世家(経済学者)、農学者、兵学者、農政家でもある。出羽国雄勝郡郡山村(現秋田県雄勝郡羽後町)出身。


 

足尾の沿革史

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

時代 西暦  年号    主なことがら                               
原始  BC5500頃   唐風呂や野路又に縄文文化の人たちが住んだ
古代   645 大化1  下野国阿蘇郡足尾郷となる
中世  1315 正和4  足尾の5姓(神山・倉澤・齊藤・星野・亀山又は細内)が足尾に移住したと                  伝えられる
近世  1610 慶長15 備前国治部と内蔵によって備前楯から銅鉱が発見され、幕府の直山となる
     1676 延宝4  足尾千軒といわれ繁栄した
     1742 寛保2  この年から6年間足尾に鋳銭座をもうけて寛永通宝(足字銭)を約2億枚鋳                 造した 
     1817 文化14 銅山は休止状態となる。このころ滝沢馬琴が「南総里見八犬伝」の中に足尾                庚申山を書いた
近代  1877 明治10 銅山が古河市兵衛の経営に移った
     1884 明治17 産銅量が増大して日本一の銅山になる
     1889 明治22 町村制の施行により、足尾村が町と改められ町役場が置かれた。
     1890 明治23 三大工事が竣工した(間藤水力発電所、日本初の索道架設、古河橋)
     1891 明治24 日本初の電気機関車(自社製)が運転される
     1897 明治30 第3回の予防工事命令が出され全町を挙げてこの工事を完成させた
     1901 明治34 松木村が廃村となった
     1907 明治40 足尾銅山に大暴動が起こった
     1912 大正元  足尾鐵道の桐生・足尾間が開通した
     1916 大正5  銅山の最好況時で、人口が38,428人となり、市制が期待された
     1921 大正10 足尾で栃木県内で初めてメーデーが実施された
     1945 昭和20 新しい銅山労働組合が発足した
     1952 昭和27 「コウシンソウ」が特別天然記念物に指定された
     1953 昭和28 町内3つの中学校が統合され、足尾中学校となる
     1954 昭和29 小滝抗が廃止され、小滝に住むほとんどの人が移転した
     1956 昭和31 自熔製錬法を導入し、日本初の完全無害銅製錬を完成した(世界2番目)
     1973 昭和48 2月28日足尾銅山が閉山となり、銅山発見以来360有余年の歴史の幕を                閉じた
     1978 昭和53 町民待望の日足トンネルが開通(3,30)し、数々のイベントが開かれた
     1980 昭和55 4月23日足尾銅山観光がオープンした
     1989 平成元  3月29日わたらせ渓谷鉄道の営業が開始された
     1996 平成8  銅親水公園工事竣工式(4,11オープン)が行なわれた
     2000 平成12 足尾環境学習センター竣工式が行なわれた(4,7)
     2006 平成18 今市市・足尾町・藤原町・栗山村・日光市を配置分合し、「日光市」となる

足尾で楽しむお泊りには

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

~名湯庚申の湯につかり、癒しのひとときを~

 足尾は、明治から大正、昭和そして平成へ、時の流れが見てとれる歴史の町です。標高630m~800mの地であり夏は涼しく緑が多く、首都圏の“オアシス”と言えます。足尾に一泊をして、庚申山の登山に、そして少し足を延ばして日光・鬼怒川方面に向かわれる行楽のステーションとしてもよいでしょう。

 足尾町の宿泊施設一覧表
 宿泊施設名          所在地          収容人数       電話
①国民宿舎「かじか荘」  足尾町銀山平5488    120名      93-3420
②亀村旅館           〃 赤沢15-26     40名      93-2109
③亀村別館           〃 銀山平5488     45名      93-2218
④御宿琴の家          〃 久良沢4251     50名      93-2855
⑤《町営》銀山平キャンプ場  〃銀山平5488      30名      93-4099
⑥《町営》庚申山荘       〃庚申山          40名      93-3417

 ※庚申の湯 
 銀山平地内キャンプ場入口付近に源泉を有し、国民宿舎かじか荘、亀村別館、御宿琴の家で利用できます。泉質は“アルカリ単純泉”で、肌もスベスベになることから、“美肌の湯”とも言われ、露天風呂も大変人気があります。

 【銀山平キャンプ場】
 「銅山観光」から南へ進み、切幹橋手前の国道122号線銅庚申アンダーを右折し、6kmほど行くと銀山平キャンプ場があります。庚申山登山のベースキャンプとして、また自然を満喫するには絶好の場所と言えます。

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銀山平キャンプ場

町をにぎわすまつり

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

★主なまつり★
・足尾まつり‥足尾銅山が栄えていたころから続く伝統的なお祭りです。
         抗内の安全を祈る鉱山神社に由来しています。 (5月3日)
       
・納涼祭‥涼しい夏の足尾町へ老若男女が集う夏祭りです。
      直利音頭のおはやしも若い後継者に受け継がれ、毎年大勢の人が一緒に盆踊りを踊ります。(8月中旬)

・庚申山まつり‥春はヤシオツツジ、秋はモミジにおおわれた庚申山荘で甘酒をふるまい、くじ引きを行ないます。登山道も整備された風光明媚な山のお祭りです。
(春:5月第3土・日曜日/秋:第3土・日曜日)

 足尾町には伝統的なこれらのお祭りのほかにも多くの人々が楽しめる様々なお祭りがあります。

●あしお陶器まつり
 足尾焼きを一堂に集めた“陶器市”です。普段より値引きをして販売しており、春と秋に開催しています。

●芸術祭(10月下旬)
 町民自らが絵画・書道・写真・文芸など日頃から楽しむ作品を寄せ合う庶民的芸術祭です。

●大黒天まつり(10月第2日曜日)
 「波之利(はしり)大黒天」のお祭りです。立派なみこしを担ぎ、「銅(どう)りゃ」のかけ声とともに町内を練り歩きます。

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足尾まつり

足尾の伝説と民話

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

 足尾は古くから隣接する日光との関係が深く、日光山を開いた勝道上人に関連する伝説がいくつか伝えられます。地名についても上人とのかかわりが伝えられており“神子内”(みこうち)はその中の一つです。

「地蔵になった巫女」
 むかし、男体山で苦行をしようとした巫女が、現在の神子内地蔵坂付近で腹痛をおこし、念願を果たす事ができずに世をさってしまいました。勝道上人はこれをあわれだと思って、地蔵尊をつくりました。
 それ以来、この地を地蔵坂、あたり一帯を神子内というようになったと伝えられています。
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 そのほか、足尾民話としては「猿になった娘」が有名です。

「猿になった娘」
 むかし、ある猟師が庚申山に猟に出かけ、吹雪に遭い道に迷ってしまいました。
 凍死寸前だった猟師は大猿に助けられましたが、そのお礼に娘を嫁にやる約束をしました。無事家にもどり、3人の娘に話をすると、末娘「孝子」が嫁いでくれることを承知してくれました。泣く泣く嫁いだ娘と再び庚申山で会ったときには、娘はすっかり猿の姿になっており、父娘は涙で別れました。
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「孝行猿」こけし

足尾で見ることのできる主な植物

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

 標高差の著しい自然に恵まれた足尾は、貴重な植物の宝庫といえるでしょう。その中でも国の特別天然記念物に指定されいるコウシンソウは代表的なものといえます。
キク科(科)ヒゴタイ(植物名) 庚申山(昭和6年発見)(分布地)
       ヤバネホウコ  庚申山
       ツルカワラニガナ 古峰が原
キキョウ科 ホソバソバナ  庚申山
タヌキモ科 コウシンソウ  庚申山(特別天然記念物)
トウワタ科 ツルカシワ   庚申山
リンドウ科 タテヤマリンドウ  古峰が原
マイカズラ科 アラゲヒョウタンボク 半月峠
        ヤブヒョウタンボク 庚申山
エゴノキ科 コハクウンボク  二子山 庚申山
ヒイラギ科 ハシドイ  半月山
サクラソウ科 ユキワリソウ  庚申山
スミレ科 ノコギリスミレ 庚申山
      ヒゴスミレ 粕尾峠付近
クロウメモドキ科 ミヤマクマヤナギ 庚申山
ツツジ科 ウラジロナツハゼ 二子山 庚申山
メギ科 イカリソウ 二子山
ウマノアシガタ科 キバナヤマオダマキ 二子山
ラン科 ニョホウチドリ 庚申山
ユリ科 チシマアマナ 庚申山
カヤツリグサ科 ホソシラコスゲ 古峰が原
イネ科 ミチシバ  細尾峠
ウラボシ科 ナヨシダ  庚申山
        ミヤマウラジロ 庚申山

コウシンソウ 
 庚申山と日光のごく一部に自生する世界的珍種、タヌキモ科食虫植物のムシトリスミレ属に分類される多年草植物。明治23年8月、理学博士・三好学氏によって庚申山で発見され、「コウシンソウ」と名づけられました。高さ6~7cmくらいで細い花茎にうす紫色の花をつけます。
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コウシンソウ

霊峰「庚申山」

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

 庚申山の歴史は古く、天平神誤2(766)年に日光を開山した“勝道上人”のよって開かれたと伝えられています。
 信仰の山としても知られていますが、登拝が盛んに行なわれるようになったのは江戸時代の末期で、慶応元(1865)年には江戸の講中の参加者が3千人余りにもなり、その頃建てられた道標や石碑が数多く残っています。
 また、江戸時代の小説家 滝沢馬琴の小説「南総里見八犬伝」に庚申山のことが書かれています。
 庚申山の中腹、標高1,500mの地点には山荘があって休憩や宿泊することができます。ここから15分ほどのところに紅葉の名所梵天岩や天下の見晴台があり、筑波山や夜には遠く犬吠埼の灯が見え、朝早くは雲海の眺めが素晴らしい所としても有名です。
 とにかく、登山愛好家の心をひきつける神秘的な山です。

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庚申山荘

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庚申山

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鶴岩

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亀岩

自然あふれる足尾町

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

《前日光県立自然公園》
 足尾町の東境にある薬師岳・地蔵岳・方塞山・粕尾峠はそれぞれ、日光市と鹿沼市の境界となり“日光国立公園” の南端につながる標高1000メートル台の高原です。北に日光連山、西に赤城山をはじめ両毛の山々、東・南に関東平野を一望に眺められる広々とした高原で前日光県立自然公園に指定されています。
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粕尾峠頂上にある歌碑

《日光国立公園》
 足尾町北部には昭和25(1950)年に日光国立公園に編入された庚申山(1,892m)があります。山全体が奇岩・怪石におおわれ、原始林が続き、初夏には特別天然記念物“コウシンソウ”が姿をみせ、秋には県下随一の紅葉を堪能することができます。

《名峰 皇海山》
 足尾最高峰の皇海山は標高2,143mで、日本百名山の一つでもあります。その山頂付近からは雄大に広がる関東平野、さらには富士山、尾瀬の至仏山、ひうちヶ岳なども一望でき、登山者を惹きつける魅力的な山です。

《渡良瀬川》
 皇海山を水源とする渡良瀬川は町の歴史と共に流れ続け、町民から愛され親しまれている川です。町の下流8㎞で「草木ダム」となり、さらに南下するにつれて大小いくつもの川と合流しながら茨城県の古河市の先で利根川に入ります。
 一時は足尾鉱毒事件が発生した川として大きな社会問題となりましたが、現在では、むかしのような清流にもどり、釣り人や観光客を楽しませています。
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渡良瀬川で釣りを楽しむ人々

足尾の神社やお寺とキリスト教会

Posted by: Onozaki | Posted in: 足尾の歴史・情報

 足尾は古くから開けたので、由緒ある神社やお寺などが、小さい町の割には沢山あります。遠下にある磐裂(いわさく)神社(大同3(808)年建立)は足尾の鎮守様でむかしはここが庚申山登拝口となっていました。いまでも当時の面影を偲ぶことができます。
 本山の一番高いところに銅山を守る神を祀った鉱山神社(明治22(1889)年建立)があります。銅山観光のそばにも鉱山神社(大正9(1920)年建立)があります。これらの神社は “山神社(さんじんじゃ)”と呼ばれ、銅山が盛んな頃は毎年春には “山神祭” が盛大に行なわれ、関東一のお祭りといわれる程のにぎわいをみせました。規模は小さくなりましたが、現在も “足尾まつり” として残っています。
 お寺は町の北の方から龍蔵寺、宝増寺、呑龍寺、本妙寺、蓮慶寺、専念寺などがあります。龍蔵寺には、煙害による公害第1号で姿を消した松木村の先祖の無縁塔や、銅山に一生をささげた抗夫さんをとむらった“抗夫の墓”があります。
 宝増寺には勝道上人の作と伝えられる木彫の波之利大黒天が納められています。そのほか各寺には古くから伝わるものや、銅山ゆかりのものが保存されています。
 赤沢にあるキリスト教会は英国の鉱山王が世界各国でその国の最大級の鉱山地に一つ建てたといわれる由緒あるものです。

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通洞鉱山神社

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旧松木村無縁塔

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抗夫の墓