足尾出身・足尾にゆかりのある人物 伝説・歴史
・日本武尊(ヤマトタケルノミコト) 110年 庚申山に登った。
『古事記』では「倭建命」と表記
日本武尊は、日本神話の中でももっとも武力に優れた英雄のひとりである。
出生は景行天皇の皇子という高貴な身分で、その体躯は幼い頃から雄々しい気迫にあふれていた。
・勝道上人(しょうどうしょうにん) 817年 庚申山に猿田彦神社を祭る。足尾を命名。
少年期から山林修行を行い、762年(天平宝字6年)下野薬師寺の如意僧都に師事して得度受戒した。765年(天平神護元年)には出流山満願寺(栃木市)を開創している。782年(延暦元年)日光山(ニコウ山=二荒山、ふたらさん、男体山)の開山を志し入山、四本龍寺(現輪王寺)を建てる。二荒山神社や輪王寺などにつながる日光山繁栄の源を作った。784年(延暦3年)には中禅寺湖中禅寺を開いた。
・伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう) 宝増寺を創建と伝えられている。
日本天台宗の開祖。(767~822)
伝教大師最澄は学問好きで諸学に優れ、比叡山延暦寺で一切経読破、天台智顗、大乗仏教に傾倒、更には密教、禅など巾広い文化を弟子や学生に伝えます。その中から浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、時宗の一遍、日蓮宗の日蓮、曹洞宗の道元、臨済宗の栄西などが生まれました。
・藤原秀郷 (ふじわらのひでさと )940年 平将門征討の折庚申山で武運を祈る。
佐野が生んだ偉人。平将門の乱を収め、弓馬騎兵の祖として伝説化された。
官位は従四位下、下野守兼武蔵守鎮守府将軍。室町時代に「俵藤太絵巻」が完成し、近江三上山の百足(むかで)退治の伝説で有名。もとは下野掾であったが、平将門追討の功により、従四位下に昇り下野、武蔵二ヶ国の国司と鎮守府将軍に叙せられ、勢力を拡大。源氏、平氏と並ぶ武門の棟梁として、多くの家系を輩出した。
・日蓮上人(にちれんしょうにん) 1265年 薬師堂に巡錫し一泊したと伝えられている。
鎌倉時代の仏教の僧。法華経系諸教派が宗祖とする。死後に皇室から日蓮大菩薩と立正大師の諡号を追贈されている。
・治部・内蔵 (じふ・くら) 1610年 銅鉱を発見する。備前楯の名の起こり。
足尾郷の農民であった治部(じふ)と内蔵(くら)がこの山で露頭している銅鉱石を発見し、日光座禅院座主に報告しました。座主は2人の功績を記念して、この山を農民の生まれた国の名前をとって「備前楯」(びぜんたて)と名付けました。
・佐藤信淵(さとう のぶひろ) 1850年 父と足尾へ来る。
江戸時代後期の絶対主義的思想家であり、経世家(経済学者)、農学者、兵学者、農政家でもある。出羽国雄勝郡郡山村(現秋田県雄勝郡羽後町)出身。