サイズは4切サイズ(横30.5×楯25.4)×2枚
上記は、通洞病院での撮影 昭和28年頃 撮影
栃木県立足尾高等学校 昭和30年撮影
サイズは4切サイズ(横30.5×楯25.4)×2枚
上記は、通洞病院での撮影 昭和28年頃 撮影
栃木県立足尾高等学校 昭和30年撮影
シャッターも開閉しました。エアーレリーズがあれば撮影できるかも・・・
エアーレリーズとシャッターをつなぐパイプが破損してます。(どうにかなるかな)
シャッター用のバネも交換したほうがよさそうですね!
撮影にむけ行動開始します。
いつになるか分かりませんが、撮影写真をUPします。
レンズはXenar(クスナー製)
他にレンズがTesser(テッサー)とダルメーヤが残っている。
エアーレリーズ(シャッター)が見あたらなかった。
撮影者がレンズに映り込んでいるが見逃して欲しい。
足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~ 15tディーゼル
日立製作所製・15tディーゼル機関車・1964(昭和39)年製造・製造番号12811・ロッド式・東洋埠頭(大阪/桜島駅)→東北ポール/共同運輸(岩手/村崎野駅)→栃木県北通運(栃木/矢板駅)を最後に廃車後、足尾駅に移動し保存されました・民間鉄道保存団体所有
「足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~」 12月2日開催が下野新聞に掲載された。
当日は、好評の古河機械金属の小型ディーゼル機関車2台に加え、旧国鉄矢板駅で使われた車両も登場。さらにボンネットバスや三輪トラック、ジープなど約50台が集合する。

足尾の舟石線を走りました。NO.10 鷹の巣抗「対岸の中腹にあった古河の最初の直営抗」
足尾銅山は、明治10年(1877)に古河市兵衛が経営するまでは、下稼人(山師)の請負で採掘していた。当時38人の下稼人が70余の坑道を稼動させていたが、市兵衛は古河の直営抗を進め、同13年に休止していた鷹の巣抗の開発に着手し、草倉銅山(新潟)から精鋭の抗夫を投入するとともに、採掘方法に発破を採用し直利(富鉱)を発見、更に新らしい技術と設備を次々に導入し、足尾銅山の拠点となる主抗の開発に成功し日本一の銅山となっていった。
対岸の中腹を撮影しました。
古河橋のハーコート社の銘板を撮影してきました。
古河橋を撮影してきました。で紹介しましたが「ハーコート社の銘板」の画像が有りませんでしたので追加しました。
年代を感じる銘板は、それだけで絵になります。
仕事で東京へ行ってきました。
球体展望台とプロムナードを見学しました。
フジテレビのへそを撮影しました。
球体展望台の真下から見上げてみました。
この柱の直線の先が、球体展望台の中心であってほしいと考えていました。
展望台から、たまには宿泊してみたいホテル日航東京です。
仕事で東京へ行ってきました。
東京で一番好きな乗り物は「水上バス」です。
そそくさと忙しい東京にあって、風や海を感じながら進むひと時、本当にいいですよ!
レインボーブリッチの真下の瞬間に撮影しました。
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